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既存の環境対策の方法の問題点

第一に、二酸化炭素を基準年から何%排出量削減を目標とする、などといった方法には問題がある。

なぜなら、たとえば日本に限っていうと、日本の環境対策のレベルは、ヨーロッパやアメリカ等の先進国と比べても、飛びぬけて優秀である。(小宮山宏『地球持続の技術』参照)そのため、すでに相当対策の進んでいる日本が、さらに何%削減を行うのは相当苦しい。少なくとも、諸外国が同様の割合減らすのに比べると、格段に努力が必要となる。

乱暴に言えば、EUなどはまだ環境対策が進んでいなかったから、何%削減などと言えてしまうのである。環境後進国であったがゆえに、これから削るべき部分がいくらでもあるのだから。

第二に、環境対策の目標を国ごとに(例えば、どの国も、二酸化炭素の排出量を2020年までに10%削減、のような)設定するのは、あまり賢明な方法だとはいえない。

なぜなら、たとえば二酸化炭素に絞って考えると、その排出量は人間の数に比例するものであるのに対し、その削減量(クリーンな発電などによる)は土地の面積に比例するものであるからである。そのため、人口密度の高い国であれば二酸化炭素排出量は多く、人口密度の低い国であれば排出量が少なくなると予測される。少なくとも、潜在的な能力としてみれば、人口密度の高い国は不利で、低い国は有利である。国に対する義務適用は、こうした根本的差異を見のがしている。

第三に、環境対策をしているか否かを、特定の方法の環境対策を実施しているか否かで判断しようとするのは、妥当な考え方ではない。

例えば、今日では風力発電の設置を呼びかける動きは強い。だが風力発電は、一定の方向から継続的に強い風が吹くような地域では有効な発電方法だが、そうではない地域で風力発電を無理に行うのは効率的ではない。「風力発電をやっています。だから私たちは環境対策しているんです」と言いたいがために、適切でもない場所に強引に風車を設置するのは賢明ではない。太陽光発電、バイオ燃料もしかりである。

日本の一部の人々は、欧米の行っている環境対策を唯一絶対の方法に祭り上げて、日本がそうした方法を少ししか取り入れていないことを「環境対策が遅れている」と非難するきらいがある。だが、そうした批判は、環境対策の地域差を見落としている。環境対策には万国共通のオールマイティーな方法などは存在しない。環境問題を考えたいならば、日本の地理条件を見たうえで、最適な環境対策の方法を考えるのが一番だろう。

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