国連死刑廃止要求決議の欺瞞・非論理性(上)
国連に、死刑執行停止を求める決議が出されたらしい。
とりあえず論拠はいろいろ上がっているけれど、毎日jpによると 死刑執行の一時停止(モラトリアム)を求める国連総会決議(07年12月)の求めで、国連の潘基文(バンギムン)事務総長が総会に提出した報告書を毎日新聞は入手した。報告は死刑を事実上廃止した国が急増している実情を述べ、「死刑廃止は世界のすう勢」とし執行の一時停止を提案した。さらに日本弁護士連合会が、事前に家族にさえ執行が知らされない日本の状況を「死刑執行の正当性をおびやかす」と懸念していることも紹介した。
◇維持派は15年で半減
報告は「世界の死刑執行状況に関する報告」(18ページ)と題し、8月に作成。今月2日付で一部訂正した。
報告によると、今年7月1日現在、死刑を廃止もしくは事実上廃止した国・地域は141で、うち93は法律上も完全に廃止した。死刑を維持している国・地域は、日本や米国を含む56。93年には事実上廃止が99(うち完全廃止55)、死刑維持が94だったが、15年間で廃止派が約4割急増、維持派は少数派に転落した。最近では人権侵害を理由にEU(欧州連合)の制裁を受けていたウズベキスタンが今年1月に廃止した。
廃止傾向が強まっている理由については、死刑が(1)人命尊重に反する(2)犯罪抑止力にならない(3)誤審の場合、取り返しがつかない--ため、としている。
また、報告は日弁連からの情報を基に、日本の状況にも言及。死刑の執行について、家族や弁護士に事前に知らされず、死刑囚本人にさえ約1時間前にようやく伝えられるとし、日弁連が「執行の正当性をおびやかす」と懸念していることが紹介された。
報告は、一時停止が難しい場合でも「死刑執行に厳しい規制をかけることは可能だ」と推奨している。日本政府は「決議に反対した立場から情報提供しなかった」(日本国連代表部)という。
論拠を順に批判していこう。
・死刑廃止は世界の趨勢である
まず原理的批判。世界の趨勢だからといってそれが正しいことにはまったくならない。世界中で森林破壊が起きたら、森林破壊していない国々も森林破壊すべきだとでも言うのだろうか。
そして、「国連が」世界の趨勢を論拠にしてしまったというのは、国連が世界の多数派にただくっついていくだけだという無能力ぶりを露呈させたものでもあるだろう。
次に事実問題。確かに国の数で数えると死刑廃止国は多い。しかし、本当に国の数で数えるべきなのだろうか。重要な問題は死刑になりうる人間の数であろうし、将来EUが一つの国になった瞬間に、それだけで国際社会の潮流が大きく変化する(ちなみにEU加盟国はすべて死刑廃止国)というのも不自然である。死刑廃止は国の数ではなくて人口で数えるべきである。そして、人数で数えると、存置国人口は68.5%を占めるのに対し、死刑廃止国は特殊犯罪にのみ死刑を適用する国、死刑がここ10年執行されていない国を含めて、31.5%を占めるに過ぎない。(「死刑存置と死刑廃止の考察」参照)
・人命尊重に反する
とりあえず、「人命を尊重すべき」は一般的には正しい。すなわちそれは「一般的状況では、人命は尊重すべき」ということである。だが、殺人犯と死刑という極めて特殊な問題に、あくまでも一般的な場合にしか成り立つことが確認されていない「人命を尊重すべき」という命題を無思慮に持ち込むのは誤りである。
そして、「人命尊重」の範囲を強くすればするほど、まさに「人命尊重」と真逆の行動をとった殺人犯は不利な処遇を施しても構わないという結論が導ける。「人命尊重」は死刑廃止にも死刑存置にもどちらの論拠にも用いることができるのであり、その両側面のうち一方のみを取り上げるのはダブルスタンダードとのそしりを免れない。
また、人命尊重のみを取り上げ、人命以外の犯罪者の身体の尊重(例えば強制的に働かせるのは犯罪者の自由と身体の尊重に反する)について抗議しないのはなぜか。これもまたダブルスタンダードだと言わざるを得ないだろう。
なお、これと類型の人権尊重の問題にも、同様の批判があてはまる。
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