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ノーベル賞について

・経済学賞

経済理論は、基本的に相対立しあう立場同士の議論が延々続いているようなものだ。だから、どちらか一方にコミットして賞をあげてしまうのは、ここまでノーベル賞が強さを持っている中ではあまり望ましくない。学術性よりも政治性が先行してしまう。ノーベルの遺族も批判するように、経済学賞という賞はなくしたらどうか。(まあノーベル経済学賞は、正式にはスウェーデン銀行賞であってノーベル賞ではないのだが)ノーベル以外にも哲学賞や政治学賞があまりないのも、対立する立場の誰を選ぶのかが、必然的にどちらかの陣営へのコミットになってしまうからという事情があるのではなかろうか。

実際、政治的だという批判は強いようだ。

With the committee's decision coming three weeks before the U.S. presidential election, the news sparked criticism that it was influenced by political considerations as well as academic achievements.

The Wall Street Journal参照

・文学賞

はっきりいって自国言語で読まなきゃ理解不能な作品は多いだろう。文化的バックグラウンドもまったく異なるのだし。文学の賞は攻めて同一言語内で行うべきだと思う。

・平和賞

経済学賞よりもはるかに政治性が強すぎる賞。なぜ選考委員の考える意味での「平和」に従わねばならないのか。選挙で選ばれたのでも何でもないただの委員が、国際情勢を決める権限を有するのはおかしな状況だ。

・残りの賞

科学系は、進展を明確に見ることができるから評価もしやすく、賞を与えてもいいだろう。

だが、科学の評価は賞で決まるわけではない。ノーベル賞を取ったからと言って、そのとたんにわけもわからず群がるのはいかがなものか。

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