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高橋是清『高橋是清自伝』と転職の話

「転職」とは、辞書的には「一つの職から他の職に転ずること。職業を変えること」[1] である。我々の持つイメージもまたこのようなものだろう。だが、このような意味で見るならば、「転職」という語のイメージの基底にあるのは「次の職」となるだろう。つまり、「次の職に移ること」が本旨であって、そのために現在の職を辞める、ということである。
しかし、このような現代の「転職」のイメージでは、高橋是清の生涯は語りつくせないだろう。

なぜなら、高橋の生涯における仕事の位置づけを見る上では、「移ること」よりも「辞めること」の方がウェイトが大きいと考えられるからである。もちろん、高橋は次の職に移るための辞職も何回も行っている。だが、ベースにあるのは、自分の信念と今の自分の職との適合関係であろう。今の職が信念にそぐうからこそ続けるわけであり、それとそぐわないならば職を辞しても構わない、つまりまさに「辞めるための辞職」である。[2]こうした彼の仕事への姿勢は「今日まではいつでも官を辞して差し支えないだけの用意があったのである。従って上官のいうところでももし間違っていて正しくないと思うたときには、敢然これと議論して憚るところがなかった[3]という言に表れている。実際彼は正金銀行支配人のとき、決算表の提出について「もし株主総会にてこの原案が通過しないで、自分たちの利益のみを顧みるならば、我々一同は決心して辞表を出せばよいではないか[4]とまで言い切っている。このように、彼はバックに信念としての「辞める」選択肢を常に負っており、だからこそ高橋は有意義な転職も行えたのだといえよう。今日のような、なんとなく自分の位置づけを上げたいとか、なんとなく目移りしてとかの「転職」とは、高橋のそれは決定的に異なる。高橋を夢見て転職を繰り返しても、それは転職の自己目的化にほかならず、必ずや失敗に終わることだろう。
高橋は何かの目的のために転職をしたりしたのではなく、常に「今ここの勝負(=仕事)」と「自己」の関係において生きていたといえよう。だから逆にいえば彼にとっては職や地位などはさして重要ではない。このことは、83歳で凶弾に倒れるまさにその年に出版されている本でありながら、52歳までの記録しか自伝に書いていないことにも表れているだろう。52歳までの高橋の生涯はいわば下積みであり、本当に華々しいのはまさにこれから[5]というのが我々の認識だろうが、高橋から見たら、政治的に高い地位などというのはさして重要ではなく、むしろ52歳から後の政治的に華々しい部分は当人から見たら面白みが多いわけではなく、逆に52歳までの下積みみたいな時期の方が自分の生きざまがよく表れていると思っていたのではなかろうか。


[1]『広辞苑』参照

[2] ただし、本当に「辞めるための辞職」といえるものを高橋が何回も行っていたのかといわれると、明確にそのように言えるものの数は思ったよりも少ない。このことは、彼の「職を辞す」ことの姿勢が、実際に職を辞すという形でではなく、常日頃の職への姿勢として現れていたことの証左と見るべきだろう。

[3] 『高橋是清自伝(上)』p364

[4] 『高橋是清自伝(下)』p91

[5] 例えば今村武雄『高橋是清』では、52歳までの生涯は高々第1章に抑えられてしまう程度の扱いである。

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