テロに意味を求めるな
以前別の場所で、テロの原因究明が、原因究明と称して論者の好き勝手な意見を放り込むブラックボックスになっている(たとえば9・11テロのとき、アメリカや世界構造に不満を持っている人々が、ここぞとばかりに「テロリストの代弁者」となって、自分の不満をぶちまけていた)ことを指摘したけど、意味についてはなおのことそう言える。
テロが不正なのは、テロの目的が偽だからではなく、テロは手段として誤りだからだ。逆にいえばテロはそれ以上ではない。意味を付加することは、全体の本質を見誤らせることにしかならない。
手段は間違っているが理解はする、というのもこの延長線上だろう。そのことが地続きに手段の正当化へと傾倒するのだ。
もちろんテロの被害者が過去に行ったことについていろいろと議論したいことがあるかもしれない。
だが、それは明らかに今行うのはふさわしいとはいえない。別のときに行うべきだ。
一つ注意してほしいのは、別にテロの被害者だからといって過去の行動が正しいものになるといいたいわけではない。
それはテロに対する逆向きの意味づけにすぎない。
テロはまさにテロであるが故に避難される。それだけだ。
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