マンデル「最適通貨圏の理論」(『国際経済学』収録)について
彼の議論は以下のようにまとめられる。
まず、A地域で自動車産業が、B地域では木材産業が行われているものとする。そして需要が木材にシフトしたものとする。するとA地域では失業が、B地域ではインフレが発生する。
AとBが共通通貨であるか、異通貨の固定相場である場合、インフレ対策と失業対策とはトレードオフになるため、AとBの問題を同時には解決できず、経済は安定化できない。
しかしAとBが異通貨の伸縮為替である場合は、Aでは失業対策、Bではインフレ対策をとれば、為替変動によりバランスがとれて、AもBも経済は安定化する。
だから最適通貨圏は、さまざまな条件はあるのだが、伸縮為替ならば国境線ではなく地域(=物や人の移動可能領域)となる。
もちろん彼は、上3段落の議論だけでは、通貨圏は小さければ小さい方がいいという反直観的な結論が出ることは十分了解しており、そうした通貨圏を小さくすることへのマイナス要因もきちんと言及している。
しかしそれでも若干の疑問点は残る。
第一に、国境線を地域がまたぐ場合には、最適通貨圏も国境をまたぐこととなる。だが、インフレ対策ないし失業対策というのは、その通貨圏の上部に行政機構が存在して初めて成立しうるものであろう。行政機構がなく通貨圏のみが存在する場合には、対策はとれないか、とれても非常に遅い対応となるだろう。この事実は、通貨圏が行政機構の区分(=国境)をまたぐ場合には、経済的安定性が大きく損なわれるということを意味する。ゆえに、行政区分の方が所与である限り、最適通貨圏は行政区分の内部になると考えられる。
第二に、そもそもこの場合に失業やインフレに対策が必要なのかという根本的問題がある。需要のシフトが永続的なものである限り、現在の自動車と木材の生産量の配分は市場のニーズに永続的に合致しないということを意味する。需要変化というシグナルは、自動車と木材の生産量の配分、すなわちそれに携わる労働者の配分、を変化させよ、ということである。このシグナルを為替相場に強引に埋め込んで消してしまうことはできないだろうし、仮に消したとしたら、どこかで破綻する(例えば、A地域全体が極端に貧しくなるとか)であろう。モノカルチャー経済が悲惨な結末を生んだのは記憶に新しいが、産業別に通貨圏をくくるのはモノカルチャー経済と同様の結末を生む危険をはらんでいるように思えてならない。
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