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法と経済学における「事前・事後」

法と経済学における「事前・事後」の考え方はわかりにくいらしい

例えば事前と事後については以下のような説明がなされる。

1ー3ー1.事前・事後
経済学者:第一義的に「事前」の効率性を考える(公平、公正ということを考えないわけではないがこの場合も主に考えるのは事前)。
法学者:第一義的には「事後」の正義・公正・公平を考える(事前を考えないわけではないが、システマチックに事前の問題を考えることはまれ)。
(例)甲が寝煙草で火事を起こし隣近所まで損害を与える。→乙が損害賠償を求める。→裁判所が寝煙草は重大な過失にあたるか否かを判断する。
裁判所が判例を変更し、寝煙草は重大な過失にあたると判断する。→乙が救済され甲が損失を負担する(甲から乙への所得の移転が起こる):これが「事後」。すでに行動をとった後の分析。
 
時間的には事後が事前より先に来ることになり、言葉遣いとして違和感を感じるかもしれない。この場合の事前とは、「ルールの変更時点ではまだ行動がなされていない問題、これから行動がなされることによる問題」という意味で、一方事後とは「ルールの変更時点では既に行動が終わっている問題」である。法と経済学(法の経済分析)より引用)

引用元の論文は非常にわかりやすいのだが、事前と事後が混乱しやすいのは説明の方法の問題だと思われる。

要するに、この説明で事前と事後が逆転してしまうのは

「人々の行動や事件(事後の問題)」→「判断」→「人々の行動や事件(事前の問題)」

という順番で時間軸を流すからである。

この書き方だと「判断」がまん中に来ているため、必然的に事前と事後がひっくり返るが、別に「判断」がまん中に来る必要はなくて

「事前のインセンティブに関する判断」→「人々の行動や事件」→「事後の正義に関する判断」

と書けば、何も混乱は起きない。事前と事後はそれぞれ行動や事件の事前・事後として時間軸の流れにぴったり合う。

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