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シグナリングと優遇措置

学歴が優秀性のシグナリングとして機能するという話は、スペンス以降よく聞くようになった。それに絡めて、人種差別と学歴シグナリングの逆説的なつながり――アファーマティブアクションが逆に優遇した人達を損にさせてしまうという点――を指摘する話もときどき聞くようになった。その例として、J.ミラー『仕事で使えるゲーム理論』阪急コミュニケーションズを取り上げよう。

シグナリング理論によると、大学がある人種を差別すれば、雇用者は逆にその人種を優遇することになる。悲しいかな、その逆もまた真なのだ。
不当に差別された人たちを救済するアメリカの積極的優遇措置は、大学が卒業生の資質を証明するという役割に関する限り、優遇措置の対象となる人種グループにかえって悪影響を及ぼしてしまう。高校生の学業成績を0点から100点に換算するとしよう。ある難関大学が、Xグループからは90点以上の学生を受け入れ、Yグループからは積極的優遇措置によって85点以上の学生を受け入れるとしたらどうか。この大学に入る最大の利点が、学生の資質の高さを証明するシグナルの発信にあるとしよう。不幸にも積極的優遇措置のために、この大学を卒業したというシグナルの価値は、優遇されたYグループの方が低くなってしまうだろう。
(pp213~214)

この議論は、一見もっともに思える。上記の議論を続ければ、その大学を卒業した生徒は、もしXグループならば90点以上という極めて優秀な人というシグナルを得られるが、Yグループならば85点以上というまあまあ優秀な人というシグナルしか得られないこととなる。
だが、この議論が不自然なのは、シグナルを発する大学がただ一つしか存在しないかのように論じている点である。実際には大学は多数存在するので、それを踏まえながらもう一度議論を組み立てなおしてみよう。仮定として

A大学はXグループからは95点以上、Yグループからは90点以上で入学
B大学はXグループからは90点以上、Yグループからは85点以上で入学
C大学はXグループからは85点以上、Yグループからは80点以上で入学
D大学はXグループからは80点以上、Yグループからは75点以上で入学

とする。また、大学はすべてシグナルとしての価値でのみ考えるものとする。
すると、例えばXグループで92点の実力の人はB大学に入り、90点以上というシグナルを得る。同様に、Yグループで92点の実力の人はA大学に入り、同じく90点以上というシグナルを得る。なので、XグループもYグループもシグナルの観点からは損をしていない。最初の議論の誤りは、Yグループで92点の人もB大学に入ると仮定していた点にあったのである。
ただし一点だけ、Yグループが損をする場合がある。それはYグループで95点以上の人である。この人達だけは95点以上というシグナルを獲得する手段がない。だからミラーの「さらに悲惨なことに、Yグループの満点レベルにある学生までが被害を蒙ることになる」(p214)という指摘は正しい。なので、最高レベルの人はきちんと最高レベルのシグナルを獲得できるようにしないと、優遇しているはずが損をしてしまうこととなる。

そのため、シグナルの議論から出てくる結論は

・最高レベルの大学は優遇措置をすべきでない
・それ以外の大学は、優遇措置をしてもシグナルには影響は出ない

というものになる。

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