贈与の成立要件
大分前の問題だが鳩山首相の母親からの9億円贈与問題について。
これについて平野浩氏が
鳩山首相の母親からの贈与に疑問。贈与 とは「ただでものをあげること」が常識だが、ところが民法上は「贈与の当事者同士が贈与契約を交わすこと」とあり、要件に該当しな い。http://www.olive-x.com/news_ex/newsdisp.php?m=0&i=12
とツイートしており、このリンク先を見てみると、徳山勝氏が
鳩山首相の故人献金問題。確かに秘書の行ったことは褒められたことではない。だがマスメディアは、首相と母親の間に贈与が成立していない事実を、報道しな かった。
グーグルの検索機能を使って、「贈与・成立要件」と入れると、一発で贈与が成立 していないことが分かる。筆者はLサイドコラムで、贈与が法的に成立していないと指摘したが、この事実をマスメディアは全く報道していない。おそらく首相 は国会答弁で、「贈与の要件を満たしていない。法的に脱税ではない」と言いたかっただろう。
だが、言い訳に聞こえる真実を抑えた。その事実をマス メディアは報道しなかった。
贈与成立の要件など、おそらく9割以上の国民は知らない。同様に、マスメディアの若い記者は不勉強だから知 らないだろう。だが、デスクは知っていたはずだ。彼らは真実を報道することを放棄し、マスメディアの既得権益(クロスオーナーシップや新聞の再販制度)を 守るために、新政権の足を引っ張った。マスメディアは、正当な批判をしたのではない。同じことが、小沢幹事長に対するバッシング報道でも言える。(「政局や批判よりは、政策や真実を報道することだ」oliver!news)
と書かれている。
「筆者はLサイドコラムで、贈与が法的に成立していないと指摘した」の記事が見つからなかったので、とりあえずグーグルで「贈与・成立要件」で検索して、一番最初にかかったサイトを見てみると
贈与とは「ただでものをあげること」というのが私たちの常識です。ところが民法上は、「贈与の当事者同士が贈与契約を交わすこと」をいいます。つまり、一 方が自分の財産を相手方に「ただであげますよ」といい、相手方が「はい、いただきましょう」といってはじめて成立するわけです。
当然、どちらかが知らないといったことはあり得ません。相続税の調査のときに「あなたはお父さんから毎年100万円贈与を受けていたのですか?」と聞かれ て、「いいえ、そんな話は聞いていませんでした」といえば、贈与契約は成立していないわけで、その預金は「お父さんのもの」ですから、相続財産に含めて 申告しなければならないことになります。(「これからの生前贈与Q&A Q9 両者の合意が贈与成立の要件」)
と、最初のツイートとほぼ同じ内容が出てきた。
しかし、である。これだけ読むと「契約も結んでいないようだし、鳩山首相は贈与ではないと言い張っているから、贈与ではないことになるのかな」と思うかも しれないが、ことはそう単純ではない。
まず確認しておかなければならないことは、法律でいう「契約」は単に「契約書を結ぶこと」に限定されるものではなく、口頭であっても互いの意思表示がなさ れればそれで成立するものとされている。例えば
契約は、当事者間の申込みと承諾という二つの意思表示の合致によって成立する。例えば、売り手が買い手に対して「これを売ります」と言うのに対して買い手 が「では、それを買います」と言えば両者の間で売買契約が成立する。日本法においてはこのように意思表示だけで契約が成立する諾成主義が原則である。(ウィキペディア)
とある。
第二に、両者の合意の問題である。確かに「贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その
効力を生ずる。」(民法第五百四十九条)とされている。そして現時点において鳩山首相は贈与ではないと主張している。しかし、ここで問題になるのは贈与時点での意思であり、贈与時点で「贈与だった」と両者が意思表示していたのならば、やはりこれは贈与になる。(なお、「これからの生前贈与Q&A」
に贈与でないと言い張れば贈与でなくなるという旨の記述があるのは、贈与時点での意思を国税庁が立証する術がほとんどないので、現実的には「贈与でない」
と言い張られたら贈与でないことになるだろう、ということを示しているにすぎないと考えられる。)
ただし、書面ではない贈与については取り消しが行えることが民法で定められている。鳩山首相のケースもこれに該当するのではないかと思うかもしれないが、 民法第五百五十条には「書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。」と、すでに履行された分については取り消しができないことが書かれているので、もし最初に贈与といえる状態にあり、すでに引き渡しが行われていたら、今「これは贈与ではなかった」と撤回することはできない。
では、鳩山首相自身の主張とその状況を見てみよう。
鳩山由紀夫首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」をめぐる偽装献金問題で、鳩山氏側が母親から「貸付金」として提供を受けた約9億円について、利息を支払 わず、返済期限も設定されていなかったことが27日、関係者の話で分かった。現金を受領した元公設第1秘書は、事情聴取に「母親から首相個人への貸し付け だった」と説明したとされるが、貸付金であることの裏付けがほとんどない実態が明らかになった。
(中略)
提供資金が貸し付けであれば、通常は金利や返済期限などの条件が事前に決められるが、これまでに鳩山氏側から母親に利息は払われておらず、返済もされてい ないという。また、貸付金額や条件などを記載した借用書などの書類も作成されていないとされる。
税務の専門家は「一定額を超える親子間の資金提供は、形だけ貸借を装っている場合や、『出世払い』としている場合などには、贈与として取り扱われる可能性 がある」と指摘する。(時事ドットコム「鳩山首相側、利息支払わず=返済期限も未設定-「貸付金」裏付けなし・偽装献金問題」)
鳩山首相及び秘書の言い分は「貸し付けだった」というものだが、税務の専門家のコメントだと「贈与として取り扱われる可能性がある」とされている。この最後の税務の専門家のコメントの根拠は、国税庁の
親と子、祖父母と孫など特殊関係のある人の相互間における金銭の貸借は、その貸借が、借入金の返済能力や返済状況などからみて真に金銭の貸借であると認め られる場合には、借入金そのものは贈与にはなりません。
しかし、その借入金が無利子などの場合には利子に相当する金額の利益を受けたものとして、その利益相当額は、贈与として取り扱われる場合があります。
なお、実質的に贈与であるにもかかわらず形式上貸借としている場合や「ある時払いの催促なし」又は「出世払い」というような貸借の場合には、借入金その ものが贈与として取り扱われます。(「No.4420 親から金銭を借りた場合」)
による。だから期限や利子がないことがやたらと指摘されたのである。
もちろん、細々した理由が存在して、厳密には贈与が成立しない可能性はある。しかしとりあえず、最初に取り上げたような短絡的な理由で贈与が成立しない、などとは言うことはできないし、メディアもそのぐらいは調べて取り上げているのである。
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