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参院選と「一票の格差」(1)

今回の参院選は民主の惨敗に終わった。しかし、この結果については、必ずしも民主の敗北、自民の勝利を意味してはいないという声が、特に「一票の格差」を問題視する視点から挙がっている。


普段から政局に鈍感な私は、およそ選挙の結果について語る立場からはほど遠い。しかし、その選挙の素人でも思わず気になったのが、得票数と当選者数のねじれ現象である。
今回の参議院選挙では、選挙区・比例代表を合わせた総得票数で民主党が自民党を大きく上回った。それにも関わらず、獲得議席(改選議席数)で自民が民主を逆転したのは周知の通りだ。先の衆議院選挙で、民主党が得票比率を大きく上回る大勝を遂げたのとは実に対照的である。

もちろん、このパラドキシカルな現象の背景に横たわるのは、衆参両院における選挙制度の違いに他ならない。これは、過去2回の国政選挙を通じて、多くの有権者が「選挙制度の違いが政局や国政を実際に大きく左右しうる」という教訓を学んだことを意味する。
SYNODOS「シノドス参議院アンケート(2) 安田洋祐」



制度の欠陥が、ゆがんだ結果をまた生んだ。 参院選が今回改めて警告している。 「一票の格差」が大きすぎる。
今回の選挙区での最大格差は、神奈川県と鳥取県の間の5・01倍だった。 神奈川では69万票を集めた民主党候補が落選、鳥取では15万票台の自民党候補が当選した。大阪や北海道、東京、埼玉、愛知では50万票を超えた人が敗れた。最少の13万票台で勝てた高知や、20万票以下で当選した徳島、山梨などとの「一の価値の不平等」は歴然だ。
全選挙区での総得票数と議席数を比べてみても、深刻さが浮かぶ。民主党は2270万票で28議席を得た。 一方、39議席を獲得した自民党は約1950万票にすぎなかった。民主党は「軽い一票」の都市部での得票が多く、自民党は人口が少なくて「重い一票」の1人区で議席を積み上げた。票数と議席数の関係のゆがみは一票の格差の弊害そのものだ。
選挙区でも比例区でも民主党を下回る票しか集められなかった自民党は、果たして本当に勝者と言えるのか。 そんな疑問すら抱かせる結果である。
朝日新聞社説「一票の格差――選挙結果ゆがめた深刻さ」


こうした、日本全体でみた政党の総得票数と議席数の乖離を批判する声は一見もっともらしいが、実はいろいろと問題がある。

まず、「そもそもそれだけの得票数を得られながら、なぜ民主党は負けたのか」という問題の原因(*)だが、これは「民主党の選挙戦略が失敗した」以外の何物でもない。選挙区の区割りの問題を指摘することもできるが、選挙区の区割り自体は選挙が始まる前から公開されていたのだから、少ない票数で議員を送り込める「有利な選挙区」にあらかじめ注力することは民主党も可能だったのだから、それをしなかったのは民主党の失策である。それにもし問題があるとしたら、それは選挙開始前に指摘すべき問題である。選挙が終わって、結果が不利だったからと言って「選挙区でも比例区でも民主党を下回る票しか集められなかった自民党は、果たして本当に勝者と言えるのか」と後出しで批判するのは愚劣である。
3年前の2007年の参院選では、比例では自民・民主ほぼ同数で、一人区(地方)を集中的に攻めることで民主党は勝利を手にできた。だから「民主党=一人区(地方)では勝てない」ということはない。あくまでも戦略の問題であり、自民党は3年前の敗北を教訓にできたが、民主党は逆に3年前の勝利を引き継げなかった、ということである。

もう一点、民主が議席数に対して得票数を伸ばせた理由として、複数人選出選挙区に候補者を二人立てた地域が非常に多い(結果一方の候補者はほとんど落ちた)ので、通らなかった方の候補者が集めた票が「民主に入れた票」として増えたという要因がある。これは、「有権者は政党にのみ基づいて投票を行う」と考えると奇異にみえるかもしれないが、日本では、有権者は政党というより人を見て投票する傾向にあると考えられる。実際、小沢一郎や菅直人、最近なら渡辺喜美のように、どの政党から出ても確実に当選してくる政治家がいることはこのことを示唆している。恐らく現実の投票行動は、特に今回のように明確な対立軸がなくさまざまな候補者が乱立している状況では、政党はあくまでも「この人には入れない」というアンチとしての基準にしかならず、あとは候補者の人柄や重視している点(同じ政党内でも何を重視するかはかなりバラバラだ)などを見て投票先を決めているのが実情だろう。なので、民主党が議席獲得という点からは妥当でない戦略をとり、候補者を乱立させたために、総得票数自体は伸びてしまったというのも、今回の「(総)得票数と当選者数のねじれ」を生む要因になっているだろう。

さて、そもそも「得票数と当選者数のねじれ」ということを問題だと認識するためには、「有権者は、各候補者に対してではなく、政党に対して投票している」という前提がある。この仮定が事実ではないことはすでに見たが、仮に事実がこの通りであったとしても、そこから「最優先すべきは一票の格差の問題」というロジックには相当な飛躍がある。投票行動を純粋に「政党に対する支持表明」とみなすならば、真っ先に改善すべきは一票の格差などではなく、ある政党の候補者が立候補していない選挙区の問題であろう。例えば今回の選挙では、沖縄選挙区には民主党候補者が立候補しなかった。ということは、沖縄にいる人は自らの考えを投票によって示す機会を完全に奪われたことになる。仮に民主党を支持していたとして、それを表明する手段が一切与えられていないからだ。もちろん投票は行えるが、投票を「政党に対する支持表明」と見るならば実質的に投票できなくなったに等しい。「投票した票の重みが地域によって違う」のと「そもそも投票できない」のとだったら、後者の方が圧倒的に問題なはずである。ところが、「一票の格差」を問題にする人が、民主党が沖縄に候補者を立てなかったことを「沖縄の人たちの投票権を実質的に奪うものだ」として抗議したという話は聞いたことがないし、過去の類似例でもそういった抗議が行われたとは聞いたことがない。これは極めて一貫性を欠いた行動だと言わざるを得ない。

さて、次ではいよいよ「一票の格差」批判そのものに対する議論へと移る。

(*):これは「責任」の方が正しい。「原因」だと複数の原因が挙げられるが、ここでは「そこで生じたデメリットについて、誰を批判できるか」というのが問題なので、「責任」であった。(追記:100731)

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コメント

参院は6増8減で1票の格差を最大3.5倍(北海道が福井の3.5倍)にすべきです。

神奈川・大阪・兵庫を各2増。
福島・岐阜を各2減。
鳥取と島根を合区。
徳島と高知を合区。

投稿: 粟原順天堂 | 2012年8月28日 (火) 14時30分

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