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ネット・メディア・非日常性

ネット社会の今日においては、「ニュースは新聞なんかよりネットの方がはるかに信用できる」等々の発言がなされることも多い。確かにもはやネットのどこにも載っていない情報というのは皆無に等しくなりつつあるし、情報の新しさや量という意味ではネットは既存のメディアをはるかに凌駕しているのは論を俟たない。
だが、そもそも「新聞」と「ネット」という比較自体、異なるカテゴリーのものを比較してしまっている。ネットというのは新聞とは違いメディア(媒体)ではなく、一つの「場」だと捉えた方がいいからだ。「ネットのどこかにその情報が落ちている」というのは「町のどこかには欲しいものが落ちている」というようなものであり、それと情報を限定している新聞とを比較するのはそもそも間違っている。新聞やテレビがメディア(媒体)として機能するのは、そこにおいて情報の取捨選択が行われ厳選されたもののみが伝達されるからであり、あらゆる情報が無差別にアップされていくネットは、その意味で情報の取捨選択前のデータ群の山に向き合わされるようなものである。

ネットにおける情報集約は、グーグル等の検索エンジンによってある程度行われている。しかし、それも「検索する対象のイメージが存在する」という「最初の一歩」を踏み出さない限り、何の機能も果たせない。なので、例えば「イランで戦争が始まった」という大ニュースがあったとして、そのことを少しでも小耳にはさんでいればそれを検索してさらに深く知ることは出来るが、何も知らない人に「イランで戦争が始まったんだよ」と一言教えてくれる人はどこにも存在しない。もちろん現在のグーグルにはニュースの機能も付いているが、それは前提として新聞社や通信社、テレビ局がネットにニュースをアップしており、そのニュースを拾ってくるというシステムを採用しているという点に注意しなければならない。新聞社等のアップの段階で情報の取捨選択がなされているのであり、新聞社が存在しなくなった場合に、優秀でボランタリーな個人ブロガーのタイムリーなニュースを自動的に拾い集めてくる機能は存在しない。

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アクションをこちらから起こさなくても、あっちから一方的にアクションをとってくるものとしては、Amazonの「おススメ機能」を挙げることが出来る。だが、この機能の特徴として、これは「過去のユーザーの履歴に基づいて、何をおススメするか決めている」という点が存在する。すなわち、ユーザーは過去と極めて類似した行動をとることが期待されているのであり、またこの機能に従う限りはそのように行動することとなる。
ここで、ネットによって半ば死を宣告されつつある、既存のメディアや広告に目を向けてみよう。新聞やテレビのニュースは、情報を選別、集約し、それをまとめた形でユーザーに対して提供するという形態をとっている。そこにおいては「何が見せさせられるかわからない」と同時に「自分の好き嫌いに関わらず強制的にその情報を伝える」という機能が働いている。テレビCMや街の広告塔も同じである。
他方のネットは、過去の行動履歴に基づいて、ユーザーに最適なものを個別に与えていくという形態をとる。現在のシステムがさらに進化すれば、本当に自分の意図通りの情報しか出てこなくなる日も来るだろう。「自分で検索する」というのは、もちろん自分の意図に基づく情報が与えられる。
これは、各人のその時々のニーズに対してはネットの方がより適切に合わせることが出来ることを示しているし、ゆえにビジネスとしてはネットの方がより勝利に近いだろう。だが、個人の感覚や欲するものが固定され、それが自身によって完璧に把握されているならばそれだけで十分だが、人間は自分のことをそれほどよく知っているわけでもないし、自分というものは変化し続けるものである。それまでならばわざわざ読もうとはしないであろう記事が目に留まることで、ふと読んでみて自分の関心分野が広がることがあるように、「集約と強制性」はそのシステム内においてユーザーに「非日常性」を与えることを可能にしており、それは変化のきっかけにつながる。だが、自分の過去に規定されて予想通りのものしか提供しないネットは、快適だがそこには非日常性は存在しない。

ネットは多様であるといわれるが、個人ベースでみれば「自分にあう人同士だけでつながれる世界」であり、極めてタコツボ化しやすい世界でもある。ネットがより進化したら、完全に非日常性が排除され、変化の起こらない世界が待ち受けているのかもしれない。

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