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2013年5月

ざらざらした社会に戻れ~『なめらかな社会とその敵』書評(下)

・管理社会と共同体的専制の危険
この点については、他のブログでの指摘もあるのでここでは簡単に済ませよう。
鈴木氏の提唱する社会は明白に管理社会である。少なくともPICSYが機能するためには、人々の経済活動の履歴をかなりの長期間分保存しておかなければならない。こうした問題は現代社会でもすでに「監視カメラの録画保存問題」などで発生している。しかし、これらの問題と決定的に違うのは、監視カメラの映像は、2週間程度の経過の後に消去されることになっているのに対し、PICSYの場合はそれが機能するためには記録は半永久的に保存され続けなければならないという点である。また、PICSYの世界に入らないとそもそも経済活動に参与できず、実質このシステムから離脱できない(筆者は離脱の自由は認めると言っているが、それは現行社会において貨幣を使わない自由を認めるのとあまり変わりないものであろう)。この点は、同じく消費者のデータ管理を行っているAmazon等とも異なる点であり、不満があればAmazonを使わないという選択肢が取れるのとは幾分も異なっている。
「別に経済活動の記録が残っていてもいいじゃないか」というかもしれない。しかし、このように言ってしまうのは、経済活動の匿名性の欠如が自由市場の重要な利点を損なわせているという事実に気付いていないことを露呈させている。例えば自由市場の熱烈な擁護者の一人であるM.フリードマンは、『資本主義と自由』の第一章において、自由市場の利点として「人々の活動を偏見や不当な差別から守ること」を挙げている。具体例として取り上げるのが、アカ狩り時代にブラックリスト入りして表で働けなくなった映画監督たちが、裏でこっそりと映画を作り続け、それを発表出来たという事実である。アカだとして不当に虐げられていた監督の作品であっても、そういう「監督の属性」ではなく純粋に「映画の内容」で判断し、それがよいものであれば何らかの形で市場に出すようにする、それが市場の力であり、人々の自由を守るように働く。もちろん常にこのようにうまくいくわけではないが、このような自由市場の機能もあるのであり、そしてこれが機能するのはその匿名性ゆえだというのは留意されねばならない。別の例としては「バイアティカル証券」を挙げることができる(R・ラジャン、L・ジンカレス『セイヴィング・キャピタリズム』p69~70)。これは資産をあまり持たず、かつ余命の短い人が、自分の数少ない財産として生命保険の受取を証券として取引し、それによって余命を充実したものにするための資金を得るというものである。これも、もし生命保険の主を知っている場合には、その道徳的な引っかかり等も相まって、win-winであるにもかかわらず思うように取引は進まないであろう。この取引を円滑にするのには市場の匿名性が役に立っている。

 

(なお脱線だが、市場の取引がすべて把握可能であるという発想は、先進国の状況しか見ていない論である。世の中には表に挙がって着てさえいない経済活動というものも多く、世界全体でみると、アンダーグラウンドの取引の方が多いという指摘さえある。また、アンダーグラウンドでなくても、片田舎で携帯電話すらきちんと使えるか怪しい地域もまだまだ多数存在するし、そうしたところでの売買を筆者はどう思っているのだろうか。そもそも、電気がないと原理的に物が買えない社会設計とは一体どういうことなのだろうか。)

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ざらざらした社会に戻れ~『なめらかな社会とその敵』書評(上)

鈴木健『なめらかな社会とその敵』が話題のようである。書評も好意的なものが非常に多い。そういうわけで本書を読んでみることにした。

 

本書の内容を端的にまとめると、近代において人工的に構築された「境界」の存在を批判し、それに対してインターネット網と強力なコンピュータを背景にした伝播的システムを対峙させるものである。さまざまな制度が問題に突き当たり、社会に閉塞感が漂う中で、ウェブを全面的に生かした斬新な社会像の提供ということで、本書の筆致の上手さも相まって世間においては本書の評価が高いのであろう。

 

だが、本書において提供される社会像のほとんどに、私は賛成しかねる。本書の抱える問題点として、大きく分けて三つの点を指摘したい。

 

・虚構と社会的実在
・管理社会と共同体的専制の危険
・社会の複雑性に対する認識

 

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