戦争・平和

憲法九条、立憲主義、そして憲法学

安倍政権の安保法案を巡る議論で「憲法がないがしろにされている」「立憲主義の危機」等の意見がよくみられる。憲法学者の圧倒的大多数も集団的自衛権を違憲と表明しており、安保法案は立憲主義に背くものだと批判されている。確かに、憲法学者の九条解釈に真っ向から対立しており、法案の中身の是非と無関係に憲法の軽視は許しがたい、という考えは一見非常にもっともらしい。
しかし、この素朴な見方が妥当となるためには、立憲主義と憲法九条の関係の妥当性、そして憲法学の九条をめぐる姿勢とその妥当性があることが前提になる。果たして、これらは単純に妥当だと言えるのであろうか。ここではその点をすこし考えてみたい。

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核兵器を脱神秘化する

核をめぐる議論では、一方の極には「一定水準の国は核を持っていた方が世界は安定する」という核武装論、もう一方の極には「核兵器などない方が平和」という核廃絶論があり、その間のバランスをとるようなところに多くの議論は位置している。そして、これらの双方に挑戦するかのように、北朝鮮などのいくつかの国家は、既存の制度を破って核保有をすることをもくろみ、または実行している。
これらの議論の共通の前提にあるのは「核兵器は極めて恐ろしいものだ」という「畏怖の念」である。これがあるために、核兵器は抑止として機能するし、また同時に廃絶されるべきものだとされる。いくつかの独裁的な国家や軍事政権が核保有に熱心なのも、それが脅しのカードとして極めて有効なものだからである。
しかし、一歩引いて考えてみよう。本当に核兵器は恐ろしく思うべき対象なのだろうか。いやもちろん実際に使用された場合に甚大な被害が出るというのは事実であるが、問題は「どういうときに使用されうるのか」ということである。つまり、核兵器が軍事的な戦略としてどういうときに有効に使用しうるか、ということである。

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原爆と核廃絶

原爆の日になると、必ず核兵器批判が出てくる。例えば

被爆地・長崎は9日、65回目の「原爆の日」を迎えた。爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では、長崎原爆犠牲者を慰霊する平和祈念式典が開かれ、 被爆者や遺族ら約6000人が参列。原爆投下時刻の午前11時2分、全員で1分間黙とうし、鎮魂と平和への思いを新たにした。「長崎平和宣言」で田上富 久・長崎市長は、今年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で核軍縮交渉などの期限設定を核保有国が退けたことを強く批判。「核保有国の指導者の皆さん、『核兵器のない世界』への努力を踏みにじらないでください」と世界に訴えた。
 田上市長は「核保有国が核軍縮に誠実に取り組まなければ、それに反発して、新たな核保有国が現れて、世界は核拡散の危機に直面する」と指摘。5日に長崎を初訪問した潘基文(バンキムン)・国連事務総長が国連加盟国に呼びかける「核兵器禁止条約」への強い支持を表明し、核兵器廃絶への決意をアピールした。
 また、被爆65年にして存在が明確になった「核密約」に触れ、「非核三原則を形骸(けいがい)化してきた」として過去の政府の対応に強い不信感を表明。NPT未加盟の核保有国インドとの原子力協定交渉も「NPT体制を空洞化させ、容認できない」と批判した。
 その上で日本政府に▽非核三原則法制化への着手▽核の傘に頼らない安全保障を実現するための「北東アジア非核兵器地帯」構想の提案--を求め、被爆国として国際社会で独自のリーダーシップを発揮するよう促した。
「長崎原爆の日:65年の祈り 核廃絶の努力、踏みにじらないで 市長、保有国に訴え」

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戦後補償問題と謝罪について

バターン死の行進について、米兵被害者を平和交流の企画に招待するらしい。それ自体はあまり関心ないのだが、問題はその解説部分

◇戦後和解への一歩
日米間では、捕虜問題のほかにも米国による原爆投下や都市への無差別空襲で、戦後和解の議論が政治レベルでは事実上封印されてきた。背景には強固な日米同盟や、互いの賠償請求権を放棄したサンフランシスコ平和条約(1951年調印)の存在がある。
だが戦後半世紀以上が過ぎ、藤崎駐米大使が元捕虜に直接謝罪したほか、ルース駐日米大使が8月6日の広島での平和記念式典に米代表として初出席を決めるなど「誠意の問題」としての歩み寄りは兆しが見え始めている。その意味でも、元捕虜の招待事業は、和解への大きな一歩になる。
ただ捕虜問題では、日本企業側は沈黙を続けており道半ばだ。強制労働について日本企業を相手取った米国での損害賠償請求訴訟で敗訴したテニーさんは「法的責任はなくとも道義的責任はあるはず」と訴える。日本企業が招待事業を続けるための資金を提供するなど方法はある。
過去の責任を問われれば、身を守ろうと否定的な考えになりがちだ。だが問題解決を先送りすれば、結局は未来にも禍根を残すのは明らか。歩み寄りの道がないか日本企業も考える必要があり、双方が和解とは何かを考えるきっかけにすべきだ。【隅俊之】(毎日新聞:「バターン死の行進:68年 元米兵捕虜、初の招待 政府、9月に6人」

この問題そのものというより、これは戦後補償や謝罪の問題で繰り返し見る構造なので、この問題に絞らず以下では論じたい。特に「企業への批判」よりは「日本(政府)への批判」の方が一般には多いので、それを念頭に置いて論じていく。

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非人道兵器の人道性

通常非人道兵器と呼ばれる兵器、BC兵器、地雷、ダムダム弾、毒ガス等は、通常兵器と比べても非人道的であるとされ、戦闘での使用が禁止ないし制限されている。だが、本当に非人道兵器は人道的でないのだろうか。

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核密約と原爆被害

核密約があったということでいろいろとニュースになっている。その中で広島・長崎の被爆者団体が強く抗議しているというニュース(時事ドットコム)があるのだが、なんか少しずつずれているように感じられる。

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南京事件に関する数についての不毛な論争

日中歴史研究報告書が発表されたらしい(時事ドットコム)。ここで南京事件についても触れられていて、いろいろの場所で取り上げられているようなので、個人的には瑣末な問題だとは思うのだが、誤解も蔓延っている問題なので簡単に整理しておこう。

まず日本側が「20万人を上限として、4万人、2万人などさまざまな推計がなされている」と主張したとあって、一方の中国側は30万人(判決文の引用という形しか記事には載っていないので確証は出来ないが、過去の中国側の発言からはそう考えるのが自然)と主張している。20万と30万ならほどほどには近いのかな、と思うと大きな落とし穴がある。この二つは南京事件の定義が違っているのである。


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土佐弘之『安全保障という逆説』~国家安全保障の制度的思考に意味はあるか

さて前の記事でも取り上げた土佐弘之『安全保障という逆説』についてだが、要するに本書の要旨は「国家という制度的思考そのものが国際政治の本質を見えなくしており、制度的思考そのものを乗り越えることが必要だ」ということであろう。

さてではなぜ国家という制度的思考が無効化してくるのだろうか。筆者の主張を簡潔にまとめると
・主権国家の枠組みに収まらないアクターが増加している
・主権国家の枠組みから排除された人々への配慮が全くない

という二点に収斂するだろう。この二つの主張は、本書に限らず、多くの国家批判で取り上げられている論拠であろう。

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辺野古移設反対はいいが現実的対案はあるのだろうか

名護市長選で県外移設派の候補者が当選したらしい(毎日jp

いや、別にいいけど対案として果たして何があるのだろうか。もちろんアメリカが無条件に基地を撤収するとかそういう案を呑むのなら理想であるが、そのような理想が現実される可能性は果たしてどれくらいあるのだろうか。現実的対案を提示できなかったら移設は行われないのだから、結局普天間に基地が残るだけであろう。

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普天間飛行場移設問題

普天間移設問題で以下のようなニュースがあった。


普天間移設「首相は辺野古以外」と防衛相

北沢防衛相は12日夕、長野市内で開かれた自身の就任祝賀会であいさつし、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題について、「鳩山首相が目指しているのは、日米で合意した(沖縄県名護市)辺野古に新しいものをつくりたくないという沖縄の人たちの思いを大切にした新しい案をつくることだろうと思う」と述べ、首相が 現行の移設案である辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部以外の移設先検討も含めて現行案を見直すとの見通しを示した。

 その上で、米側との協議に入るのが望ましいとの考えを示した。

 北沢氏は辺野古への移設について、「沖縄の県議会や県民世論(の多数)は反対で、知事が埋め立て工事の手続きをしても、県議会が不信任案を出す。鳩山内閣がリスクを取って決断しても、工事に入れないという状況があるから、我々が悩んでいる一番の動きはここにある」と指摘した。
読売新聞




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